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3.11東日本大震災からの経緯  No.1 | [ふ] 本 舗

3.11東日本大震災からの経緯  No.1


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〜 宮城県気仙沼市南郷へのストーブ配布 〜

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2011.11
10月末、ロサンジェルス滞在中に親友の“あいのりのおーせさん”(参照おーせブログ→http://ameblo.jp/oose)と会い、ストーブ寄付の話を頂き、その場で東京のふんばろう本部に手配をお願いしました。すると現地に配りに行けというので、成田に帰国してすぐに関空行きのチケットにはお別れを告げました。そのまま東京で冬服を買い、撮影用の機材、ガイドとドライバーを手配。ドキュメンタリーの作り方をプロに聞きに行って準備し、2日後にお迎えの車に乗せてもらい弾丸で東北入りしました。
事前に調査してもらった配布場所は、気仙沼市の南郷。忘れられた半壊住宅地域。そこに100台のストーブを配布してきました。
今まで紙皿一枚たりとも支援は届いていなかったそうです。震災直後に一人で道を切り開いて歩ける様にした屈強なパパが、「支援は仮設住宅ばっかりで俺達は見捨てられてたと思ってたけど今日初めて助けてもらった、本当にありがとうございます。」と涙を浮かべてお礼を言いに追いかけて来てくれて、そう教えてくれました。
ばらまき支援はしたくない。受け手の反応をみるまでが支援だ。そう思っていたので、一方通行ではなく、ストーブの送り手が何者かもお知らせして、受け取る側が納得のできる配布の仕方をしたいと思いました。そこで、ふんばろう本部に事前にお願いして、
①送り主である”あいのりのおーせさん”が何者かの説明の入った、連絡先の載ったチラシ。
②郵便局がなくてもお礼が出せる様に、既に切手の貼ってある封筒と便箋のセット。
を用意してもらっていたのです。(本部の方ありがとう)当日はこの2点ストーブに貼り付けて1件ずつ配って回りました。
配布の際には、東京府中支部の大間さんと橘川さんが奮闘してくれました。(ありがとう)
ばら撒きにならぬ様に、地域で事前にアンケートをとって下さっていたのです。半壊した自宅を修理してこれからも住む意思のある方。かつ家に暖房のない方。を洗い出し、赤鉛筆で印をつけた地図を用意してくれていた。それを基に配布しました。留守の家庭がほとんどでしたので説明チラシがとても有効でした。良かった♪
お礼の手紙には、『なんで私が欲しかったものを?と不審に思いましたが、どこから送られてきたかわかり、周りの人にテレビにも出てる人達だよ。と教えられて安心しました。』と、ありました。サンタクロースでも不審者でもない。安心してもらえて良かった(笑)
やはりコミュニケーションはどんな形でも双方向であるべきです。それが、”心が伝わる”という事です。被災地の方は自分達の声が届かないことに心を痛めていらっしゃいます。
これからも、まず現地の声を聴くこと。を原点に支援をしていくこくべきと再認識しました。
ストーブを配布したあと、今度は南三陸町に呼ばれて移動しました。
2011_082011_072011_04

こんな悲惨な被災地でした。
それから、3日後、ふんばろうの秘書の渡辺さんからメールでお礼の手紙のデータが送られてきた。スキャンするのに時間かかりました、と。それでも3日後。早い!
どうやら皆さんストーブを受け取ったその日に投函してくれたみたい。ごく一部をこちらに載せておきますので読んで下さいね。おーせさん、多額のご寄付をありがとう。

京都支部代表  網師本 知余香
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〜 宮城県気仙沼市南郷での取材の様子 2011.11 〜

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〜 宮城県気仙沼市南郷へのストーブ配布 〜

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2011.11
10月末、ロサンジェルス滞在中に親友の“あいのりのおーせさん”(参照おーせブログ→http://ameblo.jp/oose)と会い、ストーブ寄付の話を頂き、その場で東京のふんばろう本部に手配をお願いしました。すると現地に配りに行けというので、成田に帰国してすぐに関空行きのチケットにはお別れを告げました。そのまま東京で冬服を買い、撮影用の機材、ガイドとドライバーを手配。ドキュメンタリーの作り方をプロに聞きに行って準備し、2日後にお迎えの車に乗せてもらい弾丸で東北入りしました。事前に調査してもらった配布場所は、気仙沼市の南郷。忘れられた半壊住宅地域。そこに100台のストーブを配布してきました。
今まで紙皿一枚たりとも支援は届いていなかったそうです。震災直後に一人で道を切り開いて歩ける様にした屈強なパパが、「支援は仮設住宅ばっかりで俺達は見捨てられてたと思ってたけど今日初めて助けてもらった、本当にありがとうございます。」と涙を浮かべてお礼を言いに追いかけて来てくれて、そう教えてくれました。ばらまき支援はしたくない。
受け手の反応をみるまでが支援だ。そう思っていたので、一方通行ではなく、ストーブの送り手が何者かもお知らせして、受け取る側が納得のできる配布の仕方をしたいと思いました。そこで、ふんばろう本部に事前にお願いして、
①送り主である”あいのりのおーせさん”が何者かの説明の入った、連絡先の載ったチラシ。
②郵便局がなくてもお礼が出せる様に、既に切手の貼ってある封筒と便箋のセット。
を用意してもらっていたのです。(本部の方ありがとう)
当日はこの2点ストーブに貼り付けて1件ずつ配って回りました。配布の際には、東京府中支部の大間さんと橘川さんが奮闘してくれました。(ありがとう)
ばら撒きにならぬ様に、地域で事前にアンケートをとって下さっていたのです。半壊した自宅を修理してこれからも住む意思のある方。かつ家に暖房のない方。を洗い出し、赤鉛筆で印をつけた地図を用意してくれていた。それを基に配布しました。留守の家庭がほとんどでしたので説明チラシがとても有効でした。良かった♪
お礼の手紙には、『なんで私が欲しかったものを?と不審に思いましたが、どこから送られてきたかわかり、周りの人にテレビにも出てる人達だよ。と教えられて安心しました。』と、ありました。
サンタクロースでも不審者でもない。安心してもらえて良かった(笑)

やはりコミュニケーションはどんな形でも双方向であるべきです。それが、”心が伝わる”という事です。被災地の方は自分達の声が届かないことに心を痛めていらっしゃいます。
これからも、まず現地の声を聴くこと。を原点に支援をしていくこくべきと再認識しました。

ストーブを配布したあと、今度は南三陸町に呼ばれて移動しました。

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こんな悲惨な被災地でした。

それから、3日後、ふんばろうの秘書の渡辺さんからメールでお礼の手紙のデータが送られてきた。スキャンするのに時間かかりました、と。

それでも3日後。早い!
どうやら皆さんストーブを受け取ったその日に投函してくれたみたい。

ごく一部をこちらに載せておきますので読んで下さいね。おーせさん、多額のご寄付をありがとう。

ふ本舗網師本 知余香

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〜 宮城県気仙沼市南郷での取材の様子                  2011.11 〜

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